香港貧乏旅日記 時々レスリー・チャン


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天子公民 末代皇帝溥儀@香港海防博物館5  (海外旅行部門)

つづきで最終章です。

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普通の公民。

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1960年代北京での愛新覚羅家の家族写真。

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1962年4月30日、溥儀は彼の一生の中で五番目の妻、李淑賢を娶る。

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1961年5月10日、周恩来総理が中南海に愛新覚羅家家族を招待する、老舎夫妻、程硯秋の残された後妻、西園寺公一夫妻、廖承志等が一同に昼食を共にした。

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1961年10月3日、溥儀は全国政協の歓迎帰国観光の華僑と香港、マカオの同胞が行った酒宴に参加した。

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1961年9月、溥儀は著名な詩人簫三の夫人とドイツ籍の新華社カメラマン記者、葉華のインタビューを受ける。

1967年10月17日北京で死去、享年61歳。

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1980年5月29日、全国政協は愛新覚羅溥儀、王耀武、廖耀湘、三人の政協委員補佐の追悼会を催した。

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最後に飾られていたのは溥儀の家族写真でしょうか?確認せずすみません。

激動の時代を生きたラストエンペラーもう一度映画を観たくなりました。

花襲人

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by leslie339 | 2017-01-08 14:26 | 香港2016.12


天子公民 末代皇帝溥儀@香港海防博物館4  (海外旅行部門)

つづきです。

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何とも哀れな呼ばれ方です・・・

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1945年8月、溥儀と親族、侍従までもソ連軍に捕らわれ捕虜としてソ連チタ?近郊のモロコブカ療養所へ送られる。

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1945年11月、溥儀と親族、侍従はソ連のハバロフスクの紅河別荘に送られ約十ヶ月監禁される。そこは現在休暇村になっている。

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ソ連ハバロフスク第45収容所。

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溥儀と親族、侍従は帰国後、撫順の戦犯管理所に監禁され、1959年特赦で解放される。そこは現在、往時陳列館になっている。

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1950年10月、朝鮮戦争が鴨緑江にまで及び、戦犯の安全の為、溥儀等の人達はハルピンの元満洲正陽警察署の監獄へ護送される、1954年3月戦闘が緩やかになり再び撫順に返される。その警察署は立て直され成道外公安分局になっている。

以下戦犯として捕らわれた人達一人一人の写真なんですが、余りにも可哀想で割愛させていただきます。

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1945年5月、日本軍の一級戦犯が極東軍事裁判の法廷に列をなして出廷、右列一番前は日本陸軍大佐土肥賢二、右列前から四番目が日本の陸軍大臣南次郎、二人はかつて溥儀を天津から中国東北部へ逃がす協議をし、偽満州国の執政をしていた。

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1946年8月7日、アソシエッドプレス社の報道。
ソ連に監禁されている溥儀はある日ウラジオストクに送られ極東軍事裁判に出ることを承諾させられ、その間彼はソ連領事館に滞在していた、その間彼は全てをソ連に監視されていた。

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1946年8月10日、インターナショナルニュースプレスサービスの報道。
溥儀は既に日本の厚木飛行場に降り立ち、彼は出廷したら日本が中国東北部及びその他の地方を侵略したと証明しようと考えていた。

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極東軍事裁判の法廷で宣誓する溥儀。

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極東軍事裁判の法廷で証言している期間、溥儀は「祥貴人」譚玉齢の写真を取り出した、年齢僅か22歳の愛人は日本人によって殺害された。

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写真の裏にはこう書かれています。

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譚玉齢の写真、胸が痛みます。

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偽満州国時代、日本はアヘン専売公署と通じ中国東北部のアヘン売買を独占、専売制度でアヘンが氾濫した。
1946年8月20日、インターナショナルニュースプレスサービスの報道。
溥儀は極東軍事裁判の法廷で日本の関東軍が毎年アヘン売買で得ていたお金は二億元にも達すると証言した。

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東京で出廷している期間、溥儀とソ連側監視人が連合軍の記者インタビューに応じ、溥儀はソ連での生活はあか抜けていて、家族とハバロフスクの二つ星ホテルに住んでいる、前途は未定だが、読書、散歩、麻雀、日本の将棋等を楽しんでいる最中と言っている。
インタビューは後に1948年9月23日の<士襪報>(英文名調べきれませんでした)に掲載された。

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1946年8月21日、極東軍事裁判の法廷で、日本側の弁護士が溥儀は天津に居た時自ら日本の陸軍大臣南次郎宛てに手紙を書いたと証言した、ただし溥儀は裁判の判定の結果それが偽造された物だと認められた。

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溥儀と親族がソ連に捕らわれていた間に書いた絵(複製)

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溥儀が逃亡時に携えていた真珠琺瑯金時計、彼は撫順に囚われて居た時他の宝物と交換した、現在は瀋陽の故宮博物館に展示されています。

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1956年、溥儀は撫順の戦犯管理所の計らいで炭鉱を参観。

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1956年7月、溥儀は瀋陽の中華人民共和国最高人民法院特別軍事法廷で証言した。

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エナメルのご飯容器、溥儀の戦犯番号981が書かれている。

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左が日本の大正十二年の十銭硬貨、右が偽満州国の大同三年一分硬貨の正面と裏面。

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最後に飾られていた写真、溥儀を取り囲んでいるのはソ連の人でしょうか?

つづく

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by leslie339 | 2017-01-07 22:32 | 香港2016.12


天子公民 末代皇帝溥儀@香港海防博物館3 (海外旅行部門)

つづきです。

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傀儡歳月、正に満洲国の始まりです。

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1932年9月15日、偽満州国国務院総理鄭孝と関東軍司令官兼駐滿特任全権大使武藤信義による勤民楼での「日滿議定書」調印式。

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1934年3月1日、溥儀は光緒皇帝の服装で新京南郊外の「天壇」で旧式の即位式を行った。

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偽満州国皇帝溥儀は「満洲帝国陸海軍大元帥の正装」で日本関東軍司令官菱刈隆と勤民楼の前で写真を撮る。

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「満州事変」後、国際連盟はリットン調査団を中国に送り調査を始める。1932年5月4日、溥儀は偽満州国皇宮の勤民楼で調査団に「私は満洲民衆の擁護で満洲に来た、私の国家は完全に自由自在だ」と述べた。

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「帝室御用頭」として派遣された吉岡安直、日本の陸軍士官学校の教官でした。

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溥傑と嵯峨浩さんの結婚を伝える日本の記事。

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1934年に建てられ始めた偽満州国国務院。
一々偽と付けるところが中華圏の見方なのか・・・

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偽満州協和会会員章。

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初めての訪日期間、溥儀は靖国神社を参拝し、明治維新以来何度かの中国侵略戦争中に戦死した日本兵の鎮魂を祈った。

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二回目の訪日後、溥儀は日本から天照大神の神器を持ち帰り、新京の駅に着いた時の写真。

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最初の訪日期間、溥儀と昭和天皇は御一緒に代々木練兵場での閲兵式に出席した。
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偽満州皇宮の東南角に建てられた建国神社、偽満州が崩れた後すぐに焼かれた。

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大量の食料が吉林駅に運ばれ、日本軍の物資となった。

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1945年8月8日、ソ連が日本へ宣戦布告、中国東北部の日本軍へ侵攻していった。

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1945年8月17日、溥儀は写真の家の部屋で三度目の「退位勅書」を書いた。

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1945年8月19日、溥儀は日本ににげる途中瀋陽飛行場でソ連軍に拿捕される。図はソ連軍と日本が溥儀を飛行機に乗せるか乗せないかで交渉している情景。

展示室には満州国のお札や貨幣、勲章などとても興味深い物が展示されていました。

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展示室の最後に溥儀と昭和天皇が握手する写真がありました。

重い話ですが史実なので書かせていただきます。

つづく

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by leslie339 | 2017-01-06 22:46 | 香港2016.12


天子公民 末代皇帝溥儀@香港海防博物館2 (海外旅行部門)

つづきです。

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宣統皇帝から紫禁城脱出、満洲国成立以前の時代です。

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溥儀の英語教師ジョンストン、この方は後に「紫禁城の黄昏」という本を執筆していますが、紫禁城内での溥儀の様子が判るとても興味深い本です、ご興味のある方は是非読んでみて下さい。

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1924年ジョンストンの計らいでインド人の詩人と庭で接見する溥儀。

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溥儀と両名の教育係の写真。

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紫禁城での軟禁生活中一応皇帝の座に戻った溥儀。

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溥儀の結婚祝いに紫禁城へ訪れる清時代のお偉いさんを門外で警備する民国政府の警備係。

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婚礼衣装を着た皇后の婉容と妃の分繍。

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溥儀の結婚衣装。

この部屋には皇帝の衣装も飾られていました、黄色地に豪華な五本爪の龍の、それはそれは豪華な御衣装でした。

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婚礼当日、溥儀と皇后が海外からの賓客に接見しているところです。

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宣統時代のおめでたい柄の陶磁器。

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宣統時代の陶磁器裏面の刻印各種。

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1925年2月溥儀は天津の日本租界の張園に住み行政を行いながら海外の公使や軍関係者と合い西洋各国の支持を取り付けようとしていた。

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溥儀と皇后が誕生日祝いに来た海外の客との接見場面。

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1929年7月、来訪者との写真。

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溥儀夫妻がカナダの大統領に接見。

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溥儀がイタリアへ閲兵に赴いた時の写真。
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溥儀が海外からの賓客と接見。

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溥儀と日本軍天津司令官香椎浩平中将の写真。

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溥儀夫妻と日本駐屯軍司令官小泉六一中将との面会写真。

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天津時代の溥儀夫妻。

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天津、張園での溥儀家族。

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天津時代に使っていた眼鏡やステレオや冷蔵庫も展示されていました。

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1924年11月29日、溥儀は北京の日本公使館へと居を移す。
写真は溥儀と日本兵営の竹本多吉大佐。

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1929年、溥儀と日本へ留学する溥傑と潤麒との写真。

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1931年11月2日夜、溥儀一行は日本の商船淡路丸で中国東北部を脱出。

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1932年2月16日、日本の関東軍と東北部四巨頭が瀋陽で開いた「建国会議」。

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1932年2月9日、日本人の画策の下「建国促進運動大会」の代表が、関東軍司令部に関東軍への建国協力を自ら求めに行った情景。

激動の時代へとつづく。。。

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by leslie339 | 2017-01-05 21:18 | 香港2016.12


天子公民 末代皇帝溥儀@香港海防博物館 (海外旅行部門)

季節限定ネタでいきます。

2016年12月6日

香港海防博物館(ミュージアムオブコスタルディフェンス)で2月13日まで行われている「天子公民 末代皇帝溥儀」展を観に行きました。
今の期間、香港海防博物館は免費(無料)です。

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満洲に興味があったので観に行きました。

しかし、香港海防博物館は筲箕灣站(サウケイワン駅)から遠いは、中は広すぎるは、おまけにこの日は26度もあって博物館に着いた時点で疲れ切っていました。。。

展示を観て行きましょう。

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末代皇帝、正にラストエンペラーです。

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これは溥儀が書いた物だそうです。

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溥儀の御両親。

溥儀の結婚衣装とか眼鏡などが展示されていたんですが写真を撮ろうとしたら「これは貴重な物ですから撮影は駄目です。」と言われました。
フラッシュ禁止のマークはあったけど撮影禁止とは書いて無いのに・・・
なので壁の展示物だけになります。。。(香港なのに・・・)

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先代皇帝とその生母と乳母?と妃かな?

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即位以前2歳の溥儀。

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家系図ですが細かすぎる・・・

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ロンドンニュースによる南京攻防の図。

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袁世凱が正式に大統領になった後、各国の駐中国使節が謁見に来た図。

写真が撮れなかった事に気落ちして本日はここまでとします。

香港ナビさんに写真があります。

つづく

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by leslie339 | 2017-01-02 22:35 | 香港2016.12


香港大學に挑戦はしてみたものの・・・ 

公共浴室から出て来ました、汗を流してさっぱりしたはずが・・・たちまち汗だくです・・・

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二匹とも爆睡中。(笑)

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12:00に約束があるので、それまで時間を潰さないといけません。
灣仔(ワンチャイ)に行ってみたい所があったので取り敢えずトラムに乗りました2.3HK$。

管理人にしては早起きしたためボーっとしていたのかトラムの降り場所を間違えてしまいました。。。

太古廣場(パシフィックプレイス)の前でトラムを降りてしまいました。。。
まだ時間が早いので太古廣場は開いていませんでしたが急に御手洗いに行きたくなり港麗酒店(コンラッドホテル)なら大丈夫だろうと、いつも行くプールの階の御手洗いを拝借いたしました。

この近辺にめっきり弱い管理人は地図を頼りに歩いて行くしかありません。。。暑い中歩きたくないよ~~~

ヘイコラ歩いて目標地点到達。

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皇后大道東(クイーンズロードイースト)にある昔レスリーが住んでいたと思われる大廈(ビル)に到着しました。
写真だけ撮ってサッサと引き揚げます。

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この暑いのにディスプレイはすっかり冬支度です。。。考えられん!

そうだ島側に居るんだから、まだ行った事の無い香港大學に行ってみようと思い立ちました。

金鐘(アドミラリティ)から地鐡(地下鉄)に乗り香港大學へ向かいました。

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初めて降りる香港大學、4.6HK$。

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基哥さんにご挨拶。

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新駅にはちゃんと洗手間(御手洗い)がありました。

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新しい券売機、何やら多機能になっているようです。。。使いこなせるかな???

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こちらも何やら多機能の様子・・・

では香港大學へと思ったら大學出口は左右からの凄い列・・・丁度登校時間なんでしょうか?
どちらの列も最後尾が見えません!呆気に取られて写真撮るの忘れました・・・
でも今考えると、どうせ暇だったんだから並べば良かったと後悔・・・
その後、時間潰しに大変な目に遭いました。。。

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参考映像

[新聞](2014-12-13)西港島綫香港大學站今日開放參觀-2

花襲人



by leslie339 | 2015-11-07 21:00 | 香港2015.9


北角ぶらぶら歩き

北角(ノースポイント)をぶらぶらしてみました。

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北角總站(トラムターミナル)の路線掲示板。

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始発と最終の時間が出ています。

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トラムに張られた料金表。

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石塘咀(セッキトンチョイ)行きになっています。

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ターミナル方向から春秧街(チュンイエンストリート)を見た所です。
トラムが来ないと線路上に人が溢れています。

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香港でデコトラを発見!
香港にもトラック野郎が居るのでしょうか?

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魚屋さんです。
一度で良いから自分で買って調理してみたいです。

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生写真屋さんの入っていたビル。
ビル自体の名前も変わってしまっています。

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一応行って見ましたが綺麗に改装されて写真屋さんは無くなっていました・・・

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雑貨屋さんで買ったメラミンの蓮華、二個で2HK$。
何故一個1HK$で売らないのかは不明???

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山積み屋台で買った猫Tシャツ20HK$。

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猫好きとしては放って置けません。(笑)

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参考映像

RTHK香港故事第18輯03:由春秧街說起 2011 12 26
北角の歴史が紹介せれています、元々は上海人が作り後に福建人が多く住んだ所だそうです。

花襲人



by leslie339 | 2015-09-17 22:25 | 香港2015.4


トラムに乗って6

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天后(ティンハウ)と炮台山(フォレストヒル)の中間にやって来ました。

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永興街(ウエンヘンストリート)。

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木星街(ジュピターストリート)。
ちょっと素敵な名前ですね。

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炮台山(フォレストヒル)。

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電光の表示板、昔の幕の方が好きだな~~~

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二人掛けの最前列の椅子。
この形も減っていくのでしょうか?

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北角(ノースポイント)の總站(終点)への分かれ道、左へ行くと北角です。

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香港電車110週年記念トラムがまだ走っていました。

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春秧街(チュンイエンストリート)。
乗客の大半はここで降りてしまいます。

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いよいよ春秧街に突入です。

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昔より整然としていると思うのは管理人だけでしょうか?

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でもこの風景が一番大好きです。
なので北角行きに乗車してしまう管理人なのであります。

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北角總站(ノースポイントターミナス)。
長い旅にお付き合い下さり、ありがとう御座いました。

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参考映像

香港2014 叮叮車 北角 春秧街
この雑然とした雰囲気が大好きです。

花襲人



by leslie339 | 2015-09-16 22:39 | 香港2015.4


トラムに乗って5

香港より無事帰国しました。
さっそく新しい記事をお届けしたいのですが、4月分が尻切れとんぼに成ってしまうのが嫌なので、申し訳ありませんが4月分をつづけます。

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波斯富街(パーシバルストリート)。
もう銅鑼灣(コーズウェイベイ)地区に入ってきました。

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新しく出来た希慎廣場(ヘイサンプレイス)。
昔の三越です。

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正に、ここぞ銅鑼灣と言う場所です!

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百德新街(パターソンストリート)。

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このまん丸、行人天橋(歩道橋)で有名な場所です。
でもここで降りるとこの行人天橋に登らないといけないので要注意です、日本の歩道橋に比べて2階建ての乗り物を通すのでその分高いのです、そしてここは特に高いような気がします(管理人だけかもしれませんが・・・)。
なので管理人にとっては出来るだけ避けたい場所です。

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一応ここが銅鑼灣總站(終点)なので係員の詰め所?があります。

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55號とすれ違いました。

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富豪香港酒店(リーガルホンコンホテル)。
レスリーの映画「金玉満堂(決戦炎の料理人)」のロケ地です。

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信德街(シェルターストリート)。

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維多利亞公園(ヴィクトリアパーク)。
この辺りは左手に維多利亞公園、右手に中央圖書館があるくらいです。

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興發街(ヘンファストリート)。

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もう天后(ティンハウ)の站(駅)に来てしまいました。

つづく

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参考映像

Tram Ride in Causeway Bay, Hong Kong 香港銅鑼灣電車河
夜景が良いですね~~~

花襲人

by leslie339 | 2015-09-15 23:23 | 香港2015.4


トラムに乗って4

つづきです。



蘆押道(ルゥオードロード)。



目の前が工事中でした。



柯布連道(オブライエンロード)。



ちょうど地鐡(地下鉄)灣仔站(ワンチャイ駅)の前です。



菲林明道(フレミングロード)。



いつも気になる北海道牧場餐廰(レストラン)が見えます。



杜老誌道(トノチロード)。
有名なナイトクラブ杜老誌のある所です。
レスリーの映画「大三元(恋する天使)」に出て来ます。



吉野家、今ではすっかり香港に定着していますね。


同豐大押、質屋さんです。



同豐大押、角丸の店で風格があります。



同豐大押、ちゃんとネオンの看板もありました。



堅拿道西(キャナルロードウエスト)。
堅拿道はずっと昔、運河でした。



ここに来るとどうしても気になる打小人。



今の所、恨みのある人がいないので、試したいけど試せない~~~

灣仔もこのあたりで終わりなので、つづく。

4月の旅行記も終わっていないのに、香港へ行ってきます。

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花襲人



by leslie339 | 2015-09-07 23:50 | 香港2015.4

    

レスリー・チャンとクリーム兄貴の大ファンです。レスリーファンの方はhttp://leslie128.exblog.jp/のブログ「レスリー・チャン 一生最愛張國榮」を御覧下さい。
by 花襲人
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